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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)699号 判決 1950年6月21日

被告人

都喆洙

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

理由

弁護人志貴三示の控訴趣意第二点について。

刑事訴訟法第二百九十六条は証拠調べのはじめに、検察官は証拠により証明すべき事実を明らかにしなければならない。といわゆる冒頭陳述について規定しており、原審第一回公判調書の記載によれば、所論のように検察官がその冒頭陳述において被告人に前科のある事実を明らかにしていることを認めることができる。而して証拠調べのはじめに明らかにしなければならない証拠により証明すべき事実は之を公訴事実である犯罪の構成要件乃至之に直接関係あるものだけに制限した規定もなくまたしかく解すべきでもなく、前科の事実のごときもそれが所論のように常習窃盜或いは常習賭博における場合のように犯罪の構成要件であり又は之と密接の関係にある場合又は刑法第五十六条以下のように刑事訴訟法第三百三十五条第二項所定の法定の加重の理由として判断せられる場合に之を冒頭陳述において明らかにしなければならず又明らかにすべきものであることは疑う余地のないところであるが、前科の事実は所論のように、ただかかる場合にのみ冒頭陳述において之を明らかにすることが許されるのに過ぎないものと解すことは妥当ではなく、例えば刑事訴訟法第二百四十八条が犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる旨規定し、公訴の提起についての右の諸事情が考慮せられるのと同様裁判にあたつても、犯人の前科は当然その情状として被告人の不利益にも又時にはその利益にも斟酌せられなければならない事実の一つであり、その情状を裁判に反映させるためにはその立証を必要としその立証のためには冒頭陳述においてその事実を明らかにすべきであるので、該前科の事実は冒頭陳述において之を明らかになしうべきものと解するのが相当である。尤も前科の事実と雖も、証拠とすることができず、又証拠としてその取調べを請求する意思のない資料に基いて之を述べることは、所論のように裁判所に事件について偏見又は予断を生ぜしめる虞のあることが多かるべく、その虞あるときは刑事訴訟法第二百九十六条但書の規定により冒頭陳述においてその事実を明らかにすることは禁止せられておるのであるが、本件の場合は記録上かような禁止の場合にあたつていないことが明らかであるから右説示のように前科の事実が冒頭陳述において明らかにせられた点を捉えて訴訟手続の違反があるとする論旨は之を採用しない。

(註、本件は量刑不当により破棄自判)

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